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名古屋地方裁判所 昭和42年(ワ)979号 判決 1968年7月15日

原告 鈴木輝昭

原告法定代理人親権者父 鈴木助市

同親権者母 鈴木松枝

原告訴訟代理人弁護士 浅野廣一郎

祖父江英之

被告 名古屋市

右代表者市長 杉戸清

右訴訟代理人弁護士 鈴木匡

同復代理人弁護士 大場民男

同 清水幸雄

主文

被告は原告に対し一〇〇万円およびこれに対する昭和四二年四月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告その余の請求を棄却する。

訴訟費用は八分し、その七を原告、その余を被告の負担とする。

この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告

被告は原告に対し八、二一三、〇〇〇円およびこれに対する昭和四二年四月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二、被告

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二、請求の原因

一、(事故の態様)

原告は、昭和四〇年六月一三日午後六時頃、名古屋市南区道徳本町六丁目二五番地先交差点を過ぎた地点を、軽二輪車(緑―五三八)に乗り南進していたところ、被告管理にかかる道路未舗装部分の後記水たまりに右二輪車の前輪が落ち込み、転倒しかけ、そのすぐ右隣りを同方向に進行中の名古屋鉄道株式会社所有、蟹江信行運転の大型バス(愛二―い―一〇〇)に接触して前方へ跳ね飛ばされ、右バスの左前車輪に股間を轢かれて、陰茎切断創兼陰嚢挫滅創等の傷害を蒙った。

二、(被告の責任)

本件事故は、当日激しい降雨があり、その雨水が未舗装部分と舗装部分との間にできた深さ一五センチメートル、巾二メートル、長さ四メートル余の穴に溜っており、原告はその存在を知ることができず、これに落ち込み転倒したものである。

被告は右道路の管理責任があり、道路を完全にして事故の発生しないようにする義務があるのに、右のような大きな穴を放置していたものであるから、国家賠償法二条一項により原告の受けた損害を賠償する責任がある。

三、(損害)

(1)  得べかりし利益

原告は本件事故による傷害のため、労働能力を全く失ったが、事故当時原田産業株式会社に勤務し、月収二二、〇〇〇円を得ていた。そして将来ははるかに高給を取ることが予測されるが、右月収を基礎として、計算しても、その得べかりし収入の喪失額は次のとおりとなる。すなわち、原告は、事故当時一七才で、労働可能年数は四六年であるから、右期間に得べかりし利益を、ホフマン式計算法により年五分の割合による中間利息を控除して、現在の価格に引直すと、六、二一三、〇〇〇円となる。

(2)  慰藉料

原告は、健康な独身の少年で、勤労意欲も充分あり、原田産業で真面目に勤務し、将来を嘱望されていた。しかるに、本件事故にあったため、終生労働も結婚もできぬ不具の身となり、その苦痛は大きい。右苦痛を償うには二〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

四、よって原告は右損害額合計八、二一三、〇〇〇円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年四月一九日から完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告の主張

一、請求原因第一項記載事実中、原告主張の日時場所において、原告が名古屋鉄道株式会社のバスに接触して、その前輪に轢かれる事故のあったことは認める。その余の事実は争う。

二、同第二項記載事実中、本件事故当日激しい降雨のあったこと、本件道路を被告が管理することは認める。その余を争う。

三、同第三項記載事実中、原告の勤務先、年令を認め、その余を争う。

四、本件道路に原告主張程度のくぼみがあったとしても、これをとらえて道路の瑕疵ということはできない。即ち、未舗装道路の場合、路面に一五センチメートル程度の凹凸が生じているのは、通常の状態であり、右程度の凹凸では、自動車、バイクモーター、自転車等の車輛が制限速度内で通行するには何の危険も伴うものではないからである。

なお、本件事故当時、本件現場の道路を直接管理する被告の南土木出張所において、行政職員約一〇名、現場労務者約二〇名、失対労務者約一〇〇名が未舗装道路の補修に従事し、絶えずパトロールして道路の補修に努め、万全を期していた。ところが本件事故当日は午後四時頃から土砂降の豪雨が続き、路面が削りとられる結果となったものと思われるが、降雨中にこれを補修することは不可能であった。

五、仮に、前記道路の凹凸が道路の瑕疵に当るとしても、右瑕疵と、本件事故発生の間に因果関係はない。

本件事故は降雨中にもかかわらず、原告が高速で、名鉄バスに余りに接近して走行したことと運転未熟のため、運転を誤り、自ら名鉄バスに接触して、転倒したものであり、穴に落ちハンドルを取られ転倒したものではない。仮に、原告が穴に落ち多少ぐらついたとしても、右の穴から名鉄バスに接触した地点まで一六・七メートルあり、充分立直る余裕もあったのであり、穴の存在とは無関係に自ら名鉄バスに接触したものである。

六、原告の受けた傷害は、労働上何の支障もない。従って得べかりし利益の喪失に関する主張は全く不当である。

七、仮に、被告に何らかの責任があるとしても、本件事故の発生について、原告には、バイクモーターは道路左端を通行すべきであるのに、道路左側の中央部分を走行し、大型バスの直近を並進した点で重大な過失があるから、過失相殺されて然るべきである。

第四、過失相殺の抗弁に対する答弁

否認する。

第五、証拠≪省略≫

理由

一、(事故の態様)

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(1)  本件事故現場は、名古屋市南区道徳本町五の二五先に所在し、通称知多街道と呼ばれ、名古屋市内では国道一号線に次ぎ交通量の多いところにある。そして別紙交通事故発生現場見取図のとおり、中央分離帯(巾三メートル)、舗装車道(巾六・四メートル)、未舗装車道(巾六・七メートル)、未舗装歩道(巾六・六メートル)というふうに、コンクリート舗装部分および未舗装部分に分れた南北に通じる道路であり、且つ東西に走る舗装道路が近くにあるため、道路の左右両端を走る車にとっては、路面の状況が複雑に変化する結果となる。なお右知多街道の制限速度は時速四五キロメートルとされている。

(2)  本件事故当時(昭和四〇年六月一三日午後六時頃)は、はげしいにわか雨があり、現場附近の未舗装車道部分は、殆んど水びたしとなっていて、至るところに大きなくぼみができていた。特に交差点横断歩道南方の東側の舗装部分から未舗装部分に移るところは、コンクリート舗装から直角に約一五センチメートルの深さのくぼみができていたが、そこに水がたまっていたため、その深さは、車の運転者からはわからない状況であった。

(3)  原告は、軽二輪車に乗り、雨のはげしく降る中を時速約四〇キロメートルの速度で南進して、前記交差点に至り、名古屋鉄道株式会社の大型バスの左後方に追従して、前記交差点を越えたところ、前記舗装部分と未舗装部分の境にある水たまりに落ち、ハンドルを右に取られ、フラフラしながら未舗装部分から舗装部分に入り約一六メートル進んだところで、舗装部分を時速約三〇キロメートルの速さで進んでいた大型バスの左側面に接触し、大型バスの前方にはね飛ばされその左前車輪に股間を轢かれた。

二、本件道路の瑕疵

本件事故の発生した道路を被告が管理していることは、当事者間に争いがない。

そこで右道路の瑕疵の有無について検討する。そもそも道路に瑕疵があるか否かは、当該道路が本来備えるべき性状を具備しているか否かにかかり、右の本来備えるべき性状は当該道路の交通量、使用状況、舗装の有無等諸般の事情により定まるべきものである。

そこで本件道路について、これらの点を見ると、(1)本件道路は、名古屋市内でも国道一号線に次ぎ交通量の多いこと、(2)これに対し車道は二車線分だけが舗装されていて、道路の未舗装部分の方が広かったこと、(3)以上の条件が重って未舗装部分には深さ約一五センチメートルにも達する穴が散在すること、(4)未舗装部分内での穴は急激に深くなることはないけれども、未舗装部分と舗装部分の境にできた穴は急角度で落ち込む形となりやすいこと、(5)本件事故当時は大雨が降ったため、自動車の通行も手伝い右のように急激に落ち込む穴が散在してできていたこと、以上の事実が、前項に掲げた各証拠により認められる。

以上の事実を考えると、本件道路はその交通状況に比して望まれる正常な性能を備えておらず、瑕疵があったものと言わざるを得ない。

被告は、右道路が未舗装であったのだから深さ一五センチメートル程度の穴があったとしても、これをとらえて瑕疵とは言えず、また被告は常にその補修に努めていたが、本件事故当時は雨中のため補修も不可能であったと主張する。しかし前述のとおり舗装部分と非舗装部分が併存する本件車道においては、非舗装の車道に求められるよりは、良好な状況に道路が保たれておらねばならない上、舗装部分と非舗装部分の境にできた穴の角度が急激なことをも考えると、被告の瑕疵の基準についての主張は首肯し難い。また、補修の不可能であったことは、本件道路の瑕疵に起因する賠償責任の有無の判断に影響を及ぼすものではない。

三、道路の瑕疵と事故との因果関係

第一項で認定した事実によれば、本件事故は原告が急激に落ち込む穴の存在に気付かず、これに落ち、そのためハンドルがぐらつき、態勢を立てなおそうとして進行しているうち、並進していた大型バスに接触して本件事故に至ったものと認められ、本件道路の瑕疵と本件事故発生との間には因果関係があると言わねばならない。

被告は、原告の運転未熟により本件事故は発生したものである、穴に落ちハンドルを取られても、通常の運転技術の持主なら態勢を立て直す余裕はあったし、加えて大型バスの直近を並進したという原告自らの過ちにより大型バスに接触したものである旨主張する。しかし、時速約四〇キロメートルで進行する軽二輪車が約一六メートル進行するために要する時間を考えると、一般の運転技倆の持主が、本件の如き状況に立至った場合、誰でも充分に態勢を立直す余裕があったとは言えない。また、軽二輪車は道路の左端を通ることが望ましいけれども、本件の如く道路の未舗装部分が舗装部分に比し路面状況が著しく悪い場合に、原告が舗装部分またはその直近を通ったからといって、本件事故発生の原因は道路の瑕疵とは関係がなく、原告自身の過失のみにあるとすることはできず、原告が本件事故現場付近の穴に落ちハンドルを取られたことの外に、原告が自ら大型バスに接触して行くべき動機も状況も全く認められない本件においては、被告の右主張を採用することはできない。

四、過失相殺

これまで認定して来たところを総合すると、本件事故発生について、本件道路の瑕疵もその一因をなしていることは、すでに述べたとおりであるが、一方原告においても、激しい雨の中を、交通量が多く、しかも舗装非舗装部分が混在し、非舗装部分には大きな水たまりが散在する道路を、夕方六時頃制限時速に近い速度で(以上の条件を考えると前方を充分に注視し得たかは大きな疑問である)、大型バスの直近を、大型バス以上の速度で、進行したものであり、以上の諸条件が重なって一旦ハンドルを取られてからは態勢を立て直す余裕もなく、遂に本件事故発生に至ったものであることが認められる。そして原告の右のような行動は、本件事故の発生および損害の拡大に寄与したものとして、過失相殺の対象となるものである。

五、原告の傷害の程度

≪証拠省略≫によれば、原告が本件事故により蒙った傷害、治療の経過および後遺症は次のとおりであることが認められる。

原告は、本件事故により腸管損傷および腸間膜断裂(回腸部)、後腸膜裂傷および後腸膜血腫、下腹部広範性挫滅創、右腸骨欠損傷、陰茎海綿体および尿道完全断裂、左睾丸挫滅および精管断裂、右睾丸陰嚢外脱出、左大腿部右膝関節部左肘関節部擦過傷の傷害を受け、ただちに中京病院に入院して、外科で開腹術、腸管切除術を受け、腹部皮膚欠損部に皮膚移植し、更に同年一〇月二〇日には皮膚科へ移って陰茎整形術、尿道形成術を受けた上、昭和四一年八月頃、右病院を退院した。しかしなお一部に瘻孔潰瘍を残し、再入院、再手術を行う必要があるため、昭和四三年四月一二日当時なお月に一度位宛通院している。

そして、原告は、大便が固くならず一日に三回位排泄しなければならず、また、昭和四一年暮頃勤務先の原田産業有限会社へ出勤して丸棒の切断作業をしたところ翌朝筋肉が痛くなったため労働不能であるとして以後働らいておらず、現在でも腸が痛くなることがあり疲労しやすい状況である。

六、損害

(1)  得べかりし利益

≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故以前原田産業有限会社に勤務し、月収二二、〇〇〇円、賞与として、一年に少くとも月収の一ヶ月半分、合計年収二九七、〇〇〇円を得ていたことが認められる。そして前項で認定した原告の傷害の程度、治療の経過、後遺症の程度等諸般の事情を考えると、少くともその年収の三年分にあたる合計八九一、〇〇〇円程度の収入は将来にわたり本件事故による傷害により失うものと認めるのが相当である。

なお原告は、その一生にわたり労働能力を全く失ってしまったとして、その得べかりし利益を計算しているが、原告の傷害の部位、程度を考慮すると、右主張は採用し得ない。

そして、本件事故発生について原告にも過失のある点を考慮すると、右の得べかりし利益のうち、二〇万円に限り、賠償を求め得るとするのが相当である。

(2)  慰藉料 八〇万円

これまで認定して来た原告の傷害の程度、治療の経過、後遺症、本件事故の態様等諸般の事情を考えると、慰藉料としては頭書の金額を以て相当とする。

七、如上の事実によれば、原告は被告に対し一〇〇万円およびこれに対する本訴状送達の翌日である昭和四二年四月一九日から完済に至るまで年五分の割合による金員の支払を求め得べく、右の範囲で原告の請求は理由があるからこれを認容し、原告その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西川正世 裁判官 渡辺公雄 磯部有宏)

<以下省略>

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